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2012年4月16日 (月)

~感ずるままに...。#3.

2年前に定年退職。
余生は趣味の写真や、前にやっていた盆栽もどき等で気楽に、かつ平和に日々を送っていこうと考えていました。

ツイッターを立ち上げたのも、そんな話題を求めてのものでした。

が、ツイッターを始めて時間をかけずに、当初の(私の)テーマが急展開したのは、定期点検で停止した原子力発電所の「再稼働」がフットライトを浴び、現実のものになりそうな雲行きとなってきたからです。

若き頃(1959年)、広島のドーム、資料館等を見、かつ原爆病院も訪れ、原発のおぞましさを知りました。
それより前の1952年、アメリカが初の水爆実験を敢行、その後ビキニ環礁での水爆実験で=1954年=第5福竜丸が被爆を受け、乗組員の多くの悲劇が起こりました。

そんなこんなで、原子力の威力と恐ろしさを(多少なりとも)感じながらも、”原子力平和利用”という美辞に、私も含め、けっきょく国民はこれに乗ってしまっていたのです。

そして気がついた時には54基もの原発が、この狭い国土に乱立していたわけです。
しかも地震大国日本で...。

始めた頃のツイッターの、自分の紹介欄末尾は、それでもno nuclear!(no nuke!)を入れました。
やがてそれは”脱原発”そして現在の”怒りの”脱原発者!と変化してきたわけです。

(つづく)

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コメント

私自身の反省、後悔は地球人としても手を出してはならない原子力に無自覚だったことだと思い知らされております。見えないから恐れないのか、知らないから恐れないのか、無知を利用している政治家も最後は回りまわってくるであろうに、愚かというには余りにも取り返しのつかない事をしてしまったものだと頭抱え込むばかりです。

未到散人様

コメント有難うございます。
戦後の混乱が収まった後、日本人は原発破壊までスンナリと来た訳でないのは、未到様ご存知の通りであります。

未だに脳裏から離れない一枚の写真があります。
原爆被災の原野に、亡くなった弟を背負い、たたずむ少年の画像で、撮影は米人だということです。

そして私は、レッドパージを食った恩師から少学校時、事に付け反戦教育を受け育ちました。
ツイッター最初の頃に書いた「聞けわだつみの声」「雲流るる果てに」「真空地帯」等、戦時のおぞましい思い出を描いた映画も、今も脳裏を占めています。

人類平和がすべてであり、原爆に理論的に等しい原発は、地球上にあってはならない存在だと本当に思っております。

感覚が、あなた様と異なっていた場合はお許し頂きたいと思います。
返事としては異例だと思いますが、今後も生き続ける限り反戦の思想を貫きたいと思っています。

今後とも宜しくお願いいたします。

kei_拝


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