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2012年12月18日 (火)

「憲法9条は私の宝物」

下嶋哲朗 71 ノンフィクション作家

明治の陸軍郷・山県有朋による「軍人訓戒」は「軍人勅諭」となり、「教育勅語」「修身」教育が加わった。
国家のための死が国民至高の道徳だ、正反対の生きようとすることは恥だとの教育だ。
こうした好戦的国民づくりの総仕上げが、東条英機の「戦陣訓」の「生きて虜囚の辱めを受けず」だった。
国は好戦的国民づくりへかじを切ったのである。
無謀な戦争に敗北した時、国は反省せず、「一億総懺悔」との軽率で真摯さに欠けたスローガンを打ち出してページをめくった。
私が思うに、その無責任の日から今日までの道筋は、再びの好戦的国民づくりの歩みであり、その国民選出の政治家たちの、好戦性へかじを切るべく言動の顕在化に、心が冷える思いだ。
私は昭和十六年、日米開戦の年に生まれ、貧困と過酷な飢えの中で育った。
それというのも敗戦までの四年、軍事費が国家予算の年平均80%余を消耗したからにほかならない。
何かの折、私は母親に手を引かれて満員電車に乗った。
栄養失調の私は居眠りをするたびに、ドキッと目が覚め母の手を握るのだ。
この手を離したら最後だ、私は捨てられると思いこんでいたのだ。
四歳だった。
戦争は幼い魂に消えぬ傷を深く刻んだ。
憲法九条は、過酷な経験を経て獲得した宝物、私の「いのち」と言える。
というのに、現状を見ていると、私と同じ経験をしなければ「いのち」の価値が認識できないのではないか、と黒い不安が襲うのである。
(東京都八王子市)
*敬称略、原文のまま
*東京新聞12.18朝刊「ミラー}欄より

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